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山口地方裁判所下関支部 昭和61年(ヨ)31号 決定

債権者

小林嘉博

債権者

井上雄二

債権者

岡本進

債権者

芝田訓明

右四名訴訟代理人弁護士

田川章次

臼井俊紀

債務者

有限会社川棚温泉タクシー

右代表者代表取締役

藤村定光

右訴訟代理人弁護士

安永一郎

主文

一  債務者は、債権者小林嘉博に対し、九万八一四二円及び昭和六一年五月から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月一〇月限り一七万三一九二円の割合により金員を仮に支払え。

二  債務者は、債権者井上雄二に対し、一二万一三八五円及び昭和六一年五月から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月一〇日限り二一万四二一〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債務者は、債権者岡本進に対し、一三万四三一〇円及び昭和六一年五月から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月一〇日限り二三万七〇一八円の割合による金員を仮に支払え。

四  債務者は、債権者芝田訓明に対し、八万三四九九円及び昭和六一年五月から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月一〇日限り一四万七三五五円の割合による金員を仮に支払え。

五  債権者らのその余の申請をいずれも却下する。

六  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者らの申請の趣旨

(一)  債権者らはいずれも債務者の従業員としての地位を有することを確認する。

(二)  債務者は、債権者小林嘉博(以下「債権者小林」という。)に対し、九万八一四二円及び昭和六一年五月から本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り一七万三一九二円の割合による金員を仮に支払え。

(三)  債務者は、債権者井上雄二(以下「債権者井上」という。)に対し、一二万一三八五円及び昭和六一年五月から本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り二一万四二一〇円の割合による金員を仮に支払え。

(四)  債務者は、債権者岡本進(以下「債権者岡本」という。)に対し、一三万四三一〇円及び昭和六一年五月から本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り二三万七〇一八円の割合による金員を仮に支払え。

(五)  債務者は、債権者芝田訓明(以下「債権者芝田」という。)に対し、八万三四九九円及び昭和六一年五月から本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り一四万七三五五円の割合による金員を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する債務者の答弁

債権者らの申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張

一  債権者らの申請の理由

(一)  被保全権利

(1) 雇用契約

債務者は、山口県豊浦郡豊浦町大字川棚周辺においてタクシーによる旅客運送事業を営む有限会社であるところ、債権者芝田及び同岡本は昭和五八年一二月一日、同小林は同月一六日、同井上は同月二一日にそれぞれ債務者に雇用され、いずれもタクシー運転手としての業務に従事していた。

(2) 解雇

債務者は、昭和六一年三月一四日、債権者らに対し、同日付で債権者らをいずれも懲戒解雇とする旨の懲戒処分による解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)をしたとして、同日以降債権者らを従業員として取り扱わない。

(3) 本件解雇処分の無効

債務者の債権者らに対する本件懲戒解雇処分は、以下の理由により不当労働行為ないし解雇権の濫用にあたりいずれも無効である。

(イ) 本件ストライキに至る経緯

(a) 債権者小林は自交総連山口地方連合会下関地区自動車交通労働組合川棚支部(以下「下自交川棚支部」という。)の委員長、債権者井上は同支部書記長、債権者芝田は同支部執行委員、債権者岡本は同支部組合員であるところ、債務者は昭和六〇年二月二一日、債権者井上に対し、同年三月一日、同芝田及び同岡本に対し、同月一五日、同小林に対し、それぞれ同日以降一年雇用契約が終了したとして就労を拒絶した。

(b) 債権者らは、山口地方裁判所下関支部に対し、右措置に対する地位保全の仮処分申請をなし、同裁判所は、同年九月二七日、債務者の右就労拒絶の措置は債権者らの組合活動を嫌悪し、債権者らを債務者から排除して組合の壊滅を企図した不当労働行為であると認定し、地位保全の仮処分決定をした。債権者らは、右決定に基づいて債務者に就労を要求した結果、同年一一月一〇日債権者らと債務者間に以下のとおりの内容の和解が成立した。

〈1〉 債務者は債権者らの身分について保証する。

〈2〉 債務者は右事件の責任者である岩佐常務を降格する。

〈3〉 債務者は下自交川棚支部に和解金一二〇万円を支払う。

〈4〉 債権者らは右仮処分の本案訴訟を取り下げる。

(c) ところが、債務者は一年雇用制度は廃止したものの、下自交の組合員ないし組合に好意的な高齢者に対する牽制としての労務管理政策から、今まで適用されたことのない五七歳定年制を実施すると言明し、昭和六一年二月二八日、下自交に匿名加盟(昭和六〇年一二月三〇日)していた井上圭三(以下「井上」という。)に対し、定年を理由とする解雇の意思表示をなし、嘱託採用を拒否した。

右処分が不当労働行為に該当することは、債務者が五七歳を超えている他の従業員に対しては就労を継続させていることから明らかである。

(d) 従って、債権者小林は同年三月一日、債務者川棚営業所所長である山田秀三(以下「山田所長」という。)に対し、右井上に対する解雇の撤回を要求し、また、債権者小林と井上は同月五日、下自交執行委員長福田博司(以下「福田委員長」という。)と下自交川棚支部委員長の債権者小林の連名での解雇撤回申入書を山田所長に提出して解雇撤回と団体交渉を申し入れたが、いずれも拒否された。

(e) そのため、下自交執行委員会は同月一〇日に二四時間ストライキを実施すること及び支援のための組合員の動員を決定し、同日午前六時三〇分から本件ストライキに突入した。

(ロ) 本件ストライキの態様

本件ストライキは下自交の指令により債権者らと下自交加入の組合員の支援で整然と実施されたものであって、ストライキ実施の都合上、債権者らや他の組合員が債務者施設内に立ち入ることはあっても営業を妨害するような態様ではなく、非組合員に対するピケッティングも平和的説得の範囲内で実施され、営業車両の出入りは自由であり、非組合員は本件ストライキに協力的で就労しなかったにすぎない。

債権者らの本件ストライキ実施状況は別紙(略)図面(一)表示のとおりである。

また、債務者の職制らは債権者らを挑発したり、債務者の親会社である八幡タクシー株式会社(以下「八幡タククシー」という。)の常務取締役森内康敞(以下「森内常務」という。)は支援の組合員二名に対し、故意に自己運転の車を衝突させて傷害を負わせたりしたが、債権者らは一切暴行行為を行なっていない。

仮に、森内常務らと右事件に抗議する組合員とが接触して、森内常務らが受傷したとしても、これは本件ストライキ自体とは全く別個の事件であり、債権者ら自体は森内常務らとは何ら接触していないものである。

(ハ) 債務者の組合嫌悪

債務者は下自交川棚支部の組合活動を一貫して嫌悪し、昭和六一年一月二八日、債権者小林に対し、同人が債務者黒井営業所、小串営業所の控室に設置されてある組合掲示板にビラを掲示したとして、三日間の出勤停止処分を行なったほか、下自交からの団体交渉の申し入れを再三にわたって拒否している(昭和六〇年一一月一八日の中・小型車問題についての団交申し入れ、昭和六一年一月三一日の債権者小林に対する前記懲戒処分に対する団交申し入れ、同年二月五日の制服問題についての団交申し入れ、同年三月五日の五七歳定年問題、井上解雇問題での団交申し入れ)。

(4) 債権者らの受けるべき賃金

債権者らの賃金支給日は、毎月一〇日(前月末締切り)であり、昭和六〇年一二月から昭和六一年二月までの一か月あたりの平均賃金は以下のとおりである。

(イ) 債権者小林 一七万三一九二円

(ロ) 同井上 二一万四二一〇円

(ハ) 同岡本 二三万七〇一八円

(ニ) 同芝田 一四万七三五二円

(二)  保全の必要性

(1) 債権者小林は妻と長男(五歳)長女(一六歳)と祖母の五人暮しであり、債権者小林のタクシー従業員としての収入と妻の看護助手としての収入(手取り金一三万円)で生活していたが、妻の収入のみでは、一家の生活を支えることはできない。

(2) 債権者井上は、妻と長女(一六歳)次女(八歳)の四人暮しであり、債権者井上の収入と妻のパート収入(手取り毎月六~七万円)で生活していたが、妻の収入のみでは、一家の生活をささえることはできない。

(3) 債権者芝田は、妻と長男(一歳)と祖母の四人暮しであり、債権者芝田の収入のみで一家の生活を支えてきており、収入が途絶えると生活が不可能となる。

(4) 債権者岡本は、妻と次女(二一歳)の三人暮しであり、妻の水産加工業へ勤務しての収入(手取り毎月六~七万円)では、一家の生活を支えることができない。

(三)  結論

よって、債権者らは債務者に対し、地位確認及び賃金支払の本訴を提起すべく準備中であるが、前記のとおり本案訴訟での勝訴判決の確定を待っていては回復すべからざる損害を生ずる虞れがあるため、申請の趣旨のとおりの裁判を求める。

二  申請の理由に対する債務者の認否

(一)  申請の理由第(一)項(1)、(2)の事実は認める。

(二)  同項(3)(イ)(a)の事実のうち、債権者小林が下自交川棚支部の委員長、債権者井上が同支部書記長、債権者芝田が同支部執行委員、債権者岡本が同支部組合員であることは認め、その余は否認する。

(三)  同項(3)(イ)(b)の事実は認める。

(四)  同項(3)(イ)(c)の事実は否認する。

(五)  同項(3)(イ)(d)の事実のうち、債権者小林が同年三月一日債務者の山田所長に対し、右井上に対する解雇の撤回を要求したこと、債権者小林と井上が同月五日、福田委員長と債権者小林の連名での解雇撤回申入書を山田所長に提出して解雇撤回を申し入れたが、拒否されたことは認め、その余は否認する。

(六)  同項(3)(イ)(e)の事実は認める。

(七)  同項(3)(ロ)の事実は否認する。

(八)  同項(3)(ハ)の事項のうち、債務者が債権者小林に対し、出勤停止処分をしたことは認め、その余は否認する。

(九)  同項(4)の事実は認める。

(一〇)  同第(二)項の主張は争う。債権者はいずれも他所で就労しており、生活に支障はないので保全の必要性は存在しない。

(一一)  同第(三)項の主張は争う。

三  債務者の主張(懲戒解雇)

(一)  違法ストライキの実施

債権者らは、昭和六一年三月一〇日、本件ストライキを実施したが、本件ストライキは以下の理由により違法不当なものである。

(イ) 本件ストライキの目的

本件ストライキは債務者の従業員である井上の契約更新拒絶もしくは解雇の撤回を要求するために実施されたものであるが、債務者による井上への右処分は以下のとおり全く正当なものであって、本件ストライキは正当な争議権の行使とはいえない。

(a) 債務者は従来から五七歳定年制を採用していたところ、昭和五八年一二月一日、当時五六歳であった井上を試用期間三か月、雇用期間一年の約定で雇入れ、右期間は昭和六〇年二月末日に満了したが(但し、昭和五九年八月一八日以降は定年後の嘱託雇用)、同年三月一日に再び雇用期間昭和六一年二月末日までの約定で労働契約を締結した。

ところが、井上は昭和六〇年三月ころから売上金の一部を債務者に入金しないことがあり、債務者の再三の注意、解雇の警告にもかかわらず、昭和六一年二月までこれを改めようとしなかったため、債務者は同年二月中旬ころ、井上に対し、右不正行為を正当事由として同年二月末日以降の就労を拒絶(更新拒絶)する旨の意思表示をした。

仮に、債務者と井上との労働契約が期間の定めのないものであるとしても、右意思表示は解雇の意思表示と解しうるものであり、右解雇は正当なものである。

(b) 債務者は井上が支部組合の匿名組合員であったことを知らなかったのであるから、組合員であることを理由に解雇することはありえない。

(ロ) 本件ストライキの態様

本件ストライキは、井上に対する解雇の理由についての説明要求も団体交渉の申し入れもなく行われたもので、しかも以下のとおり、職場占拠、ピケッティングにより債務者の業務を全く不能ならしめ、かつ、暴力を伴なったものであったことから極めて違法なものである。

(a) 債権者らは、昭和六一年三月一〇日早朝、下自交加入の組合員三〇名ほどの応援を得て、職場を占拠し、債務者の出入口前に持ち込んだ自動車を停め、二〇名ほどでピケッティングを行ない、債務者の車両の出入を不可能にした。

債権者らによる職場占拠、ピケッティングの実施状況は別紙図面(二)表示のとおりである。

債務者の山田所長は同日午前七時過ぎころ、八幡タクシーの森内常務は、同日午前九時過ぎころそれぞれ下自交に対し、非組合員の就労を要求したが、組合側はピケッティングを解かなかったため、債務者は混乱を避けるため、非組合員を社内に待機させていたところ、以下のとおり傷害事件にまで発展したため、険悪な事態を避けるべく非組合員らの就労を断念せざるをえなかった。

(b) 森内常務は同日午前九時五〇分ころ、債務者構内から外出すべく車に乗り込み、周囲の組合員に車を動かすので側を離れるように指示してゆっくりと車を後退させたところ、突然、後方に組合員二人が現われ、その内一人が右車のトランク部分に手をつき右側に倒れた。なお、これは同組合員が森内常務からぶつけられたように装うため故意に行なったことである。

森内常務は右事情を確認するため、降車しようとしたところ、下自交の寺井書記長外数名の組合員が腕や胸倉をつかんで車内から引きずり出し、左右の手指をつかんでひきずり回し、足を蹴る等の暴行を加えた。さらに、組合員らは森内常務のところへかけつけようとした八幡タクシーの課長森内邦彦、同大塚一一及び山田所長を取り囲み、殴る蹴るの暴行を加えた。

右暴行により森内常務らは次のとおり受傷した。

森内常務 左中指PIP側副靱帯不全損傷、両大腿 膝部打撲

森内課長 全身打撲、顔面擦過創

大塚課長 右前腕及び腰部挫傷

山田所長 左肩、左胸部、右足部打撲

仮に、債権者らが森内常務らに対する右暴行に関与していないとしても、暴行に加わった組合員は多数であり、暴行を受けたのは森内常務外三名であることからすれば、ストライキ参加者の一部による偶発的な暴行事件と見るべきではなく、組合員全体によって行なわれた集団的な暴行事件と評価しうるものである。

(二)  以上のとおり、本件ストライキはその目的、態様のいずれにおいても違法であり、正当な組合活動とは認められないため、債権者らに対し、就業規則八八条一一号、一三号、一八号により、懲戒解雇処分を行なった。

四  債務者の主張に対する債権者らの認否

否認する。

第三当裁判所の判断

一  被保全権利

(一)  以下の事実は当事者間に争いがない。

(1) 雇用契約

債務者は、山口県豊浦郡豊浦町大字川棚周辺においてタクシーによる旅客運送事業を営む有限会社であるところ、債権者芝田及び同岡本は昭和五八年一二月一日、同小林は同月一六日、同井上は同月二一日にそれぞれ債務者に雇用され、いずれもタクシー運転手としての業務に従事していた。

(2) 解雇

債務者は、昭和六一年三月一四日、債権者らに対し、同日付で債権者らをいずれも懲戒解雇とする旨の懲戒処分による解雇の意思表示をしたとして、同日以降債権者らを従業員として取り扱わない。

(二)  本件解雇の効力について

(1) 前記認定事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

(イ) 本件ストライキに至る経緯

(a) 債務者は、小串タクシー有限会社と共に、現代表者藤村定光(北九州の八幡タクシー社長)が、各その前身である川棚温泉タクシー(村田文作の個人経営)及び小串タクシー有限会社(代表者村田文作)からその営業を譲り受けたうえ、昭和五四年一一月八日設立した一般乗用旅客自動車(タクシー)運送事業を主目的とする有限会社であって、以来本店所在地の山口県豊浦郡豊浦町大字川棚周辺で右事業を遂行し、その後昭和五九年五月一〇日右小串タクシー有限会社を吸収合併し、昭和六一年六月現在、運転手数三二名でタクシー三六台を保有し、タクシー営業を営んでいる。

(b) 債権者芝田及び同岡本は昭和五八年一二月一日、同小林は同月一六日、同井上は同月二一日にそれぞれ債務者に雇用されたが、債権者小林、同井上は昭和五九年九月二七日、同芝田は同年一一月七日、それぞれ下自交に加入し、同月一一日債務者内に下自交川棚支部を結成し、債権者岡本は同年一二月五日、右支部に加入した。

現在、債権者小林は下自交川棚支部の委員長、債権者井上は同支部書記長、債権者芝田は同支部執行委員、債権者岡本は同支部組合員である。(但し、債権者小林が下自交川棚支部の委員長、債権者井上が同支部書記長、債権者芝田が同支部執行委員、債権者岡本が同支部組合員であることは当事者間に争いがない。)

(c) 債務者は、昭和五八年一二月から一年雇用制を採用したが、債権者井上に対し、昭和六〇年二月二〇日、同岡本及び同芝田に対し、同年二月二八日、同小林に対し、同年三月一四日にそれぞれ右雇用期間が満了したとして、それぞれその翌日以降の債権者らの就労を拒絶した。

右措置に対し、債権者らは山口地方裁判所下関支部に対し、地位保全の仮処分申請(同裁判所昭和六〇年(ヨ)第六二号事件)をなし、同裁判所は同年九月二七日、右措置は債務者において、債権者らによる組合活動を嫌悪し、債権者らを債務者から排除し、更に他の従業員らの組合加入を阻止するなどして右組合の壊滅を企図した不当労働行為であると認定し、債権者らの地位保全の仮処分決定をした。(但し、債権者らが山口地方裁判所下関支部に対し、右措置に対する地位保全の仮処分申請をなし、同裁判所が、同年九月二七日、債務者の右就労拒絶の措置は債権者らの組合活動を嫌悪し、債権者らを債務者から排除して組合の壊滅を企図した不当労働行為であると認定し、地位保全の仮処分決定をしたことは当事者間に争いがない。)

(d) 債権者らは、右仮処分決定に基づいて債務者に就労を要求した結果、昭和六〇年一二月一〇日、下自交川棚支部と債務者間に以下のとおりの内容の和解が成立した。

〈1〉 債務者は債権者らの身分について保証する。

〈2〉 債務者は、右事件の責任者である岩佐常務取締役を常務取締役から降格させ、同人は今後一切債務者に関与しない。

〈3〉 債務者は下自交川棚支部に対し、右事件の和解金として、昭和六〇年一二月一〇日までに一二〇万円を支払う。

〈4〉 下自交川棚支部は右事件の本案裁判を取り下げる。(但し、右(d)の事実はすべて当事者間に争いがない。)

(e) 債務者は以上の経緯から、昭和六〇年一一月末日で一年雇用制を廃止することとし、以後就業規則に定めた五七歳定年制を実施する旨表明するようになった。

(f) 井上は、昭和六〇年一二月三〇日、匿名で下自交川棚支部に加入し、更に昭和六一年一月一二日、他の四名(いずれも五七歳を超えた年齢あるいはそれに近い年齢)と共に睦会という親睦団体を結成した。

(g) 債務者は、昭和六一年一月二八日、債権者小林に対し、同人が債務者掲示板にビラを添付したことを理由に、三日間(同月三〇日から二月一日まで)の出勤停止処分をなした。

下自交川棚支部は、同月二八日、債務者に対し、右処分の撤回のための団体交渉を要求したが、債務者はこれを拒否した。(但し、債務者が債権者小林に対し、出勤停止処分をしたことは当事者間に争いがない。)

(h) 睦会は、同年二月一九日から二四日にかけて五七歳定年反対の署名運動を行なった。

(i) 債務者の山田所長は、昭和六一年二月二八日、口頭で井上に対し、翌日以降、同人の就労の拒絶を申し渡した。

そこで、右事実を聞いた債権者小林は同年三月一日、山田所長に対し、口頭で右井上に対する解雇の撤回と団体交渉を要求したが、山田所長はこれを拒否した。

さらに、債権者小林と井上は、同月五日、下自交の福田委員長と債権者小林の連名での井上の解雇撤回申入書を山田所長に手交して解雇の撤回を要求し、さらに口頭で団体交渉を申し入れたが、山田所長はいずれも拒否した。(但し、債権者小林が同年三月一日債務者の山田所長に対し、右井上に対する解雇の撤回を要求したこと、債権者小林と井上が、同月五日、福田委員長と債権者小林の連名での解雇撤回申入書を山田所長に提出して解雇撤回を申し入れたが、拒否されたことは当事者間に争いがない。)

(j) 下自交執行委員会は、同月一〇日、井上の解雇撤回を要求して二四時間ストライキを実施すること及び支援のための組合員の動員を決定し、同日午前六時三〇分本件ストライキに突入した。(但し、右(j)の事実はすべて当事者間に争いがない。)

(ロ) 本件ストライキの状況

(a) 債務者の施設配置状況は別紙図面(三)表示のとおりであり、西に面して幅五メートルの出入口があり、他の場所からの車両の出入りは不可能である。

(b) 下自交は、下自交川棚支部の組合員が債権者ら四名及び井上のみであったため、他の下自交の組合員の支援を得てピケッティングを実施することとし、債務者構内に入ったが、債務者からはロックアウトや債務者構内への立入り禁止措置がなされず、債務者事務所内には山田所長や非組合員らが自由に出入りしており、職場を占拠するというような状況ではなかった。

ピケッティングの具体的状況は概ね別紙図面(一)表示のとおりであって、支援の組合員の車は債務者営業所出入口付近に駐車していたにすぎず、出入口の両脇には債権者及び井上が配置され、出勤してくる非組合員に対し、ストライキへの協力を得るための説得にあたったものの、出入口にロープを張ったり、車両で出入口を封鎖したりすることはなかった。

債務者の非組合員は事前の債権者らの説得を受けて本件ストライキに比較的協力的であり、債務者が社内待機を指示したこともあって、営業のため無理に車両を出入口から出そうとした者はなかった。

(c) 債務者の親会社八幡タクシーの森内常務は午前九時四〇分ころ、自家用車で債務者事務所に到着したが、その際も支障なく債務者事務所内へ入ることができた。

森内常務は同日午前一〇時前ころ、再び自家用車で債務者構内から出ようとしたところ、自車の後方に接近して駐車してある非組合員の車を発見し、それを組合員が自車の走行を妨害するため駐車したものと誤解して組合員に怒鳴ったため、付近の組合員と口論となった。

右車が排除されたため、森内常務は債務者構内を出るために、自車の向きをかえようとして、そのまま自車に乗車し、同車を後退させた。その際、森内常務は過失により自車を同車後部付近にいた組合員二名に接触させ、同人らを負傷させたため、付近の組合員が森内常務の逃走を防ぐため、右車のエンジンキーをぬき、降車しようとした森内常務ともみあいになり、同人も負傷した。

また、その際、債務者構内にいた八幡タクシーの森内、大塚両課長及び山田所長は右事態を見て現場にかけつけ、下自交の寺井書記長を含む付近の組合員とこぜりあいになりその結果、右三人も軽度の負傷をした。

なお、債権者らは右暴行事件の際、付近におらず、右事件には関与していない。

(d) 右暴行事件の後、警察による事情聴取等がなされ、森内常務が同日正午ころ、非組合員に自宅待機を命じたこともあって以後は混乱なく本件ストライキが続行されたが、同日午後九時には、ピケッティングが解除された。

(e) 債務者は、同月一一日、債権者らに対し、自宅待機処分をなし、同月一四日、文書により、本件ストライキの違法を理由に同日付で債権者らを懲戒解雇する旨の意思表示をした。

(2) 以上認定の事実に基づいて本件懲戒解雇が有効か否かを判断する。

(イ) まず、本件ストライキの目的についてみるに、本件ストライキは前記認定のとおり下自交川棚支部組合員の井上が債務者から解雇あるいは労働契約の更新拒絶をなされたことに抗議して行なわれたものである。従って、特段の事情のない本件においては、右井上に対する処分の当否はともかく、このような組合員の生活利益の擁護という本件ストライキの目的が正当であることはいうまでもなく、この点に関する債務者の主張は採用できない。

(ロ) 次に、本件ストライキの態様について検討する。

債務者は本件ストライキが井上に対する解雇の理由についての説明要求も団体交渉の申し入れもなく行なわれたもので、しかも職場占拠、ピケッティングにより債務者の業務を全く不能ならしめ、かつ、暴力を伴なったものであったことから極めて違法なものであると主張する。

しかし、本件ストライキが、団体交渉の申し入れ後に行なわれたことは前記認定のとおりであり、また、本件ストライキにおいて、債権者ら及びこれを支援する下自交組合員らが債務者の職場占拠を行なったことを認めるに足りる疎明資料は存在しない。さらに、ピケッティングについてみるに、ピケッティングはストライキの実施を確保するために、これに付随してとられる補助的手段であり、暴力の行使が組合の正当行為と認められないことからピケッティングも平和的説得をその原則とすべきことはいうまでもないところであるが、本来争議行為においては使用者側の業務遂行を阻止するために労働者側にもある程度の集団的示威の行使を許容するものであるから、ピケッティングの正当性の限界も、ピケッティングの方法、ピケッティングの相手方の対応の仕方及び法的立場、争議の全体的性格等を総合して判断すべきであり、本件においては、前記のとおり、債務者構内への出入口には何らの障害物も設置されず、債権者らが非組合員に対して口頭で説得にあたっただけであって、しかも事前の説得が効を奏したことなどから、営業のため、出入口の右ピケッティングを突破して出入口を出ようとする非組合員が一人も存在しなかったというのであるから、右ピケッティングがいまだ平和的説得の範囲を逸脱していないことは明らかというべきである。

最後に暴力の行使の点に関して検討するに、本件ストライキ実施中に森内常務らと下自交組合員との間で紛争が生じ、双方に負傷者が出たのは前記認定のとおりであるが、右紛争は争議行為自体に付随して生じたものではなく、森内常務の惹起した交通事故に起因するものであって、全く偶発的な事件であるといわなければならない。従って、右暴行を行なった組合員ら(債権者らがいずれも右暴行に関与していないことは前記認定のとおりである。)が刑事責任あるいは民事上の損害賠償責任を問われることは格別、右暴行により、本件ストライキが違法となるわけではないというべきである。

(3) 以上検討したとおり、本件ストライキは正当な争議権の行使であって、債務者の主張する就業規則所定の懲戒解雇事由は存しないというべきであり、再三にわたる団体交渉拒否など前記認定の支部組合と債務者との交渉経緯などからみて債務者は組合を嫌悪していたと認められることを併せ考慮すると、債権者らに対する本件解雇は不当労働行為であって解雇権の濫用であると解される。

従って、本件解雇はその効力を生じないものというべきである。

(三)  債権者らの受けるべき賃金について

債権者らの賃金支給日が毎月一〇日(前月末締切り)であること、昭和六〇年一二月から昭和六一年二月までの一か月あたりの平均賃金は、それぞれ債権者小林が一七万三一九二円、同井上が二一万四二一〇円、同岡本が二三万七〇一八円、同芝田が一四万七三五二円であることは当事者間に争いがない。

従って、債権者らは本件解雇の日の翌日である昭和六一年三月一五日以降一か月あたり、それぞれ右金額(但し、昭和六一年三月分は日割り計算であるため、一七日間として計算すると、債権者小林が九万八一四二円、同井上が一二万一三八五円、同岡本が一三万四三一〇円、同芝田が八万三四九九円となる。)の賃金請求権を有するというべきである。

二  保全の必要性

(一)  債権者らは運転手として債務者の運行するタクシーに乗務する労働者であることは前記認定のとおりであるから、他に特段の反証のない本件においては、債権者らは債務者から支給される賃金のみによって生活を営み、月々の右賃金収入を前提にその生計をたて一定の生活程度を維持し得ていたものと推認することができる。

従って、賃金仮払については、本件解雇の日の翌日から前記各賃金月額(但し、昭和六一年三月分は日割計算した額)を毎月一〇日限り、本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで(本案訴訟の第一審判決言渡後、本案判決確定までの間の賃金仮払を求める部分はその必要性がないものと認める。)支払う限度において仮払を命ずるのが相当である。

(二)  債権者らは賃金仮払の仮処分の他にいわゆる地位保全の仮処分をも求めているが、この種仮処分はその執行につき実効性を期し難く、雇用契約上の労働者の権利の中核をなす賃金債権について仮払の保全をすれば、残余の権利があったとしても特別の事情がない限り、これを保全する必要性はないというべきであり、本件において右特別の事情の主張及び疎明はない。

三  結論

よって、債権者らの本件仮処分申請は、主文第一項ないし第四項の限度において理由があるから保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余の申請は理由がないからいずれも却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 神山隆一)

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